『冗談だよ。』




「ねぇ、カイ。私の事、好き?」

「どういう意味で?」

「どういう意味でも。」

「好きだよ。」

「私もカイの事好き。」

「ホントか?」

「冗談よ。」

「俺だって。」

繰り返される、問。何度目だろう。
意味を持たない、答え。いつも変わらない。
その後に必ず訪れる沈黙。

言いだすのはいつもこいつ。
肌はほんのり焼けていて、櫻貝のような淡いピンクの頬、金髪の牧場主。風貌はとても暖かい。
だけど、中身はどうだ?暖かさを感じない。だけど冷たくはない。…何もない。
こいつと話してると不思議な気分になる。まるで等身大の人形と話してるような、そんな気分。
顔はいっつも無表情。何考えてんだかサッパリわからない。きっと笑えば可愛いのに。
こいつの前でいくら俺が得意の笑顔でニカっとしても、コイツは笑っちゃくれない。いくら俺が馬鹿っぽいことをして笑わそうとしたって無表情。

「はい、これあげるわ。」

沈黙を破るのもいつもこいつ。さっきの質問はどういうつもりでいってんだ?
はさっきまで足元の砂浜の上においてあった、両手でやっと持てるくらいの大きめの段ボール箱を軽々と持ち上げて俺に押し付けてきた。
受けとると、それはずっしりと随分重量があって結構重い。牧場主だけあって、力はかなりあるようだ。

「重いな、これ。中身何入ってんの?」

「小麦粉。もうすぐなくなりそうだって言ってたでしょう。」

「それで、わざわざ?わりぃなぁ、じゃあ金…」

「気が向いたから買っただけ。お金なんていらないわ。」

「そ。じゃあ有り難くもらっとくわ。」

やっぱりはつかめない女だ。
こんなにたくさんの小麦粉、決して安くはないはずなのに。
牧場仕事は割と儲かるもんなのか?

「それじゃあ、私もう帰るね。」

「おぉ。」

が俺の視界から完全にいなくなるまで、目で見送る。
帰るといって、はいつもまっすぐ家には帰らない。牧場とは逆の道のほうへ足を進めているようだ。
いつもいつも、気になってた。一体どこにいくんだろうと。今日こそはと思い、俺は急いで小麦粉の入った段ボールを海の家の前に投げて、の後をつけてみた。
の背中を見つけたとき、は教会に入るところだった。誰に会うんだ?カーターさんか?そんなことを考えて俺は苦笑した。なんで俺、こんなことしてんだ。
…ま、いいか。
俺は教会のドアからそっと中を覗くことにしたけれど、覗いてそうそう俺は信じられないものをみた。

が 笑ってる………?

教壇の前、クリフと向かい会って両手を繋いで立っているはとても幸せそうに微笑んでいた。
俺が一度も見たことがないの無表情以外の表情。それをクリフの前では自然にさらけ出している。

「君が好きだよ。」

「私もあなたが好き。」

静かな教会に二人の言葉はよく響き、楽しそうに二人は笑う。
なんなんだこの2人。何をやってる?
あのいつも陰を落としているクリフも、明るく楽しそうにしている。

「あなただけを愛してる。」

「僕も君だけを愛してる。」

そういってクリフはの唇に自身のそれを重ね合わせた。は目を閉じて幸せそうにそれを素直に受け入れる。
俺は頭が白くなった。この二人はそーゆー関係なのか?
長い長いキス。
そんなに長くはなかったかもしれないが、俺にとっては長すぎるほどに感じられる時間だった。
結婚式で交わす、誓いのキスにも見えた。
お互いやっと離れると笑い、

「冗談だよ。」

「…私だって、冗談よ。」

そういって二人はまた笑う。
ながぁいキスまでかましといて、何が冗談だ。見ていらんねぇ、気分が悪くなる。
そう思って目を逸らす直前に見たの顔が一瞬哀しそうな微笑だった気がして、の顔をもう一度見たけれど、よくわからなかった。

翌日の夕方。
俺が仕事を終えてミネラルビーチに出ると、うっすらと焼けた空、夕陽の映る海の浜辺にの姿があった。
ここからは、少し遠い。けどわかる。無表情で突っ立ってる。あの目じゃ、何を見ているのかわからないけどきっと夕陽を見つめているんだろう。
その姿はとても美しくて、思わず見入ってしまう。体に痺れがはしる。
彼女をしばらく見つめていると、あちらも俺にやっと気づいたようで、一瞬こっちに顔を向けてすぐに顔を戻した。
俺も正気にもどって、の隣まで歩みを寄せた。
との距離はもう10cmもないのにはなんにも言わない。俺のことなんか、気にしてないってか。

「何見てんの?」

挨拶もなしに、の顔を覗き込むようにして俺は話しかける。
は顔は動かさず目だけで俺をちらっとみてからまた目を戻した。
それから沈黙。もう無視されたのかと思って俺も体勢をまた元にもどして橙の太陽を見る。するとは口を開いた。

「さぁ…沈んでいく太陽を見てるのかしら。」

間を置いておいて冷たい答えだ。ま、俺と話す俺が知ってるは大体いつもこんなもんだからもう特に気にしてないけど。
昨日のの笑顔は、俺にとって夢見たいなもんだよな。
俺には、笑顔の欠片すら見せてはくれないから。

、たまにはちょっと笑ってみてくれねぇか?」

俺はのほうをむいて、歯をむき出し笑いながら優しく聞いた。
今度は俺のことをちらりとも見ない。無視か。
哀しかった。やっぱりお前は俺にはその何もない表情しか見せてくれないのか。
せめて怒りでもいい。何か他の表情を少しでも見れたら、少しは俺の心が救われるのに。

「お前、クリフのこと好きなの?」

突然口をついて出てきたことば。俺はのように無表情で言った。
は体ごと少し俺のほうを向いてまっすぐ目を見つめてきた。突然の俺の問いにも驚いている様子は一切ない。

「好きよ。」

は、そう一言はなった。
そう言ってくるとなんとなく予感していたから、俺は無表情を作った。顔も、心も。
いつもの俺でこの言葉を聞いたら、心臓に鋭い痛みが走っただろう。息ができなくなるほどに。
今だって、心臓が少し痛む。のように完璧な無表情が作れない。

「本当に?」

いつものがしてくる問の様に、この問にも確認をしてみる。
きっと答えはいつもと違う。

「えぇ。」

そう、いつものように「冗談よ」とは言わなかった。

「…でも彼は私のことが好きな訳じゃない。」

「はぁ?なんだよそれ。」

意味がわからない。思わず俺の無表情が崩れてしまった。やっぱり俺に無表情は向いてない。
俺は眉を寄せて首をかしげる。

「クリフが好きなのは、ラン。」

ラン?じゃあ昨日の2人のアレはなんだったんだ?好きでもないのにクリフはにキスしたっていうのか?
心の底からイラつく怒りがこみ上げてきた。

「じゃあなんでお前らキスなんかしてんだよ。」

俺は乱暴にに言う。それでもは無表情を崩さない。
「なんで知ってるの?」と動揺もせずに俺に聞く。
俺のことなんて気にしてない風に。そんなにも腹が立った。そんなのいつものことなのに、今のこの場では無性にその態度が忌々しかった。
ただ俺は、を睨んだ。

「…彼は私たちの知ってるキスの意味を知らない。彼はとても純粋。
彼にとってキスなんてどうでもいいものよ。ただの挨拶みたいな感じなんだもの。だからクリフがしたいなら、私は拒まない。私は彼が好きだから。」

ただの気まぐれにそんなことされて、お前はそれでいいのかよ。

「それで、いいのかよ。」

「良いわけ、ないじゃない。だけど、クリフはランを本当に愛してる。
私と交わす冗談なんかじゃなくて。私がどれだけ彼と会っていたって、何かをプレゼントしたってそれは絶対にかわらない。」

いつものように平然とした無表情で淡々と話していく
お前のその無表情に、いい加減イライラしてくる。

「じゃあもうクリフのところになんて行くんじゃねぇよ!お前…辛くないのかよ!!」

俺は怒鳴った。幸せじゃない。腹の立つクリフ。
なんで俺はこんなにイライラしてるんだ。

「辛いわ。」

以外とあっさり本音をはいた。
沈黙。時が止まったように、俺もも動かない。
俺の中の怒りが沈黙によって冷まされる。
まっすぐは俺を見ている。俺はその視線をまっすぐ受ける。
静寂のなかに柔らかな風がふいたと同時に、は口をまた開く。

「だから私、もうクリフとは、あわない。」

クリフと会ってた今までは、冗談みたいなものだった。
そう言っては俺に背を向けた。

「ねぇ、カイ。私の事、好き?」

いつものおまえの常套句。おまえは今どんな顔してる?

「どういう意味で?」

いつもと変わらない表情だろうか。

「そのまんまの意味で。」

「好きだよ。」

「私もカイの事好き。」

「ホントか?」

「ウソよ。」

「俺だって。」

いつも最後に俺は悔しくって意地をはる。本当はお前のこと、誰より、何より好きなのに。
伝えたい。伝えられるか?伝えて一体何になる?
がいつも俺にするこの質問、よく考えたら、もしかして……
俺はの両肩を俺の両手で強くつかんで、無理やり正面を向かせて思い切り抱きついた。

「…カイ、痛いから放して。」

言う通りにすぐ放してやったが、そのの表情に変化はなくいつも通り無表情だった。
何をやっても冷静なヤツだ、と思ったけど、抱きついたとき、確かにの全ては暖かかった。
そう、暖かかった。

「なぁ、。俺の事好き?」

初めて俺から切り出した、のいつもの常套句。

「どういう意味で?」

俺がいつもする質問をがする。

「そのまんまの意味で。」

がいつもいうセリフを俺が言う。

「好き。」

俺のいつもの答えをが答える。

「俺ものこと好きだよ。」

のいつもの言葉をそのまま返す。
さぁ、ここから。

「ホントに?」

俺がいつも疑うように確認する言葉をが言う。

「ホントに。」

そう言うと、の表情が微かに歪んだ。

「嘘よ。」

番狂わせか?

「本気さ。」

はさらに顔を歪めた。

「嘘……」

今にも泣き出しそうな顔で、自分にでも言い聞かせるかのように呟いた。

「俺は本気で、お前が好きだ。」

の無表情は遂に崩れた。その顔を隠しもせずにぼろぼろと涙を落としていく。
俺はそんなを優しく抱いた。暖かい、愛してるとそう思える。
クリフとは違う、自分が嘘だ、冗談だと言っても自分を本当に好きでいるヤツを、お前は探していたんじゃないか?
俺がいつものように笑ってそう聞くと、「ありがとう。」とは俺を見上げて微笑んだ。



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