『思い思われ思いわび』



「…どうしたんだい?」

カルバンは冷たく言い放った。
いつもの温かみのある声質からは全く考えられないほどの冷たさに、は酷く焦る。

「ご、ごめんなさい!」

精神誠意ありったけをこめて頭を深くさげる。
もとはといえば、カルバンのために何か珍しいものでも掘って帰ろう!という意気込みで入った洞窟だったが…
不覚にも、掘り進めている内に夢中になり、すっかりカルバンとの約束を忘れてしまったのだ。
おまけに、何も珍しい収穫はなし。これでは言い訳もしずらい。

「…なにかあったのかと心配になったよ。次からは気をつけてくれ。」

それだけ言うと、ふいっとに背を向けてしまった。
はどうしようもない罪悪感に襲われたが、時は戻ってはくれないのだからしょうがない。
せっかくカルバンにあわせて、今日はウェスタンな格好もしてきたが、台無しになってしまった。
相当落ち込みはしたが、その日はそれ以上はなにも言えず、おとなしく家に帰宅した。


次の日の夜、がまたカルバンの元を訪れたとき、カルバンはまだ不機嫌だった。

「昨日は、本っ当にごめんなさい!…あの、これ…お詫び、ってわけでもないけど…」

今日もまた深く頭を下げ、おずおずとカルバンにガス回復薬を差し出すが、「…どうも」とだけ言って、には目も合わさずにガス回復薬だけを受け取り、ドアをバタンと閉めてしまう。
ドアの前で呆然と立ち尽くす
カルバンは相当怒っているようだ。

はカルバンからあんなに冷たい態度を取られたとこがなかったというのもあり、また昨日の自分の最低な行為を思い出し、半ば泣きそうになる。
しかしそれをぐっと堪えて、はアルモニカへと向かった。

「どしたの、そんなトボトボしちゃって…元気なのがの取り得じゃないの?」

静かにアルモニカの扉を開けてすぐにキャシーに声をかけられたは、ふらふらとキャシーに近づいてゆるく抱きつく。

「うぅぅ…私最低だよ〜…どうしよう…カルバンすごく怒ってる…」

「あぁ!そのことかぁ…」

昨日カルバンが待ちぼうけをくらったのは、他でもないここアルモニカなのだ。
キャシーはケラケラ笑って「大丈夫大丈夫」との背中をぽんぽんと叩いていたが、チハヤの存在を思い出してはっとする。

昨日カルバンがいる間はとてもイライラしていたが、に約束をすっぽかされてすごすごと帰っていったのを見て「いい気味だ」とボソリと呟いて上機嫌になっていたのを思い出したのだ。

チラリとチハヤをみてみると、案の定が酷く落ち込んでいるのを見て相当機嫌が悪いらしい。
料理を中断して椅子に深く座り込み、むすっとした表情で天井を仰いでいた。

「なに?カルバンはまだ怒ってるの?」

キャシーはホールのテーブルの一つに座り、にも向かいの席に座るよう促す。
は座るなりテーブルに突っ伏してくぐもった声を漏らす。

「…怒ってる。昨日も今日もあやまったんだけど…ホントに悪いことしちゃった…」

が言葉を発するたび、の周囲の空気だけが次第に重くなっていく。
キャシーは良い励ましの言葉がみつからず、の頭をただ撫でることしかできない。

「いいよ。そんな心の狭いヤツなんて放っとけば?」

チハヤもいつの間にか二人の席にやってきてそう言い放つ。
キャシーは思わず「チハヤに心の狭いヤツとかいわれたくないよね」とこっそりと呟いてしまう。

「なに?」

不機嫌なチハヤに「別に。」と苦笑で応え、に向き直る。

「でもさ、カルバンがそんなに怒るなんて珍しいね。」

も突っ伏したままわずかに頭を揺らして同意する。

「もしかして…あんたのことが好きなんじゃない?」

は顔をふとあげて「えっ?」と疑問符をもらし、チハヤも何を言うんだと目を丸くしてキャシーを見る。

「だから、カルバンはのこと好きなんじゃないかー…って。」

面白そうな顔で再びそういうと、の顔がみるみるうちに赤く染まる。

「はぁ!?何それ、いきなり何言い出すんだよ!」

チハヤがいきり立ってテーブルをバンと叩いてキャシーに抗議の声を上げる。
キャシーはこうなると予想はしていたが、あまりにも予想通りなチハヤの反応に本日何度目かしれない苦笑をする。
チハヤの隣にいるは少しビクリと肩を揺らして、

「そ、そうだね。」

とまた表情を落ち込ませた。
その顔を見て、チハヤは少し気にするような、でも自分は全く悪くないという面持ちで鼻をふんっとならした。
呆れたやつだとキャシーはひとつため息をつき、とりあえずとチハヤを今は引き離すべきかと思案する。

「チハヤがそんな怒鳴らなくてもいいじゃない。のことなんだし。」

「…そうだけど。」

チハヤは口を尖らせて、途端に大人しくなる。
ちょっと意地悪だったかな?と思いつつ、再びに顔を向ける。

「きっと明日になったら許してくれてるかも知れないよ?今日は一旦帰ってさ、明日また不安だったら寄りなよ。励ましてあげるからさ!」

「うん…」

キャシーは立ち上がって、「ほら!」とも立たせて出入り口まで送る。

「じゃあねっ!元気だしなよー!」

「…うん、ありがとうキャシー。チハヤも。ばいばい。」

最後にいつものように笑顔を作ったが出て行ったあと、キャシーは未だムスッとしているチハヤの前に座る。

「まぁまぁ、さっきのはもしかしたらの話だから。」

「…別に何も気にしてないよ。」

ふてくされたようにするチハヤを見て、キャシーはテーブルに両肘をついて、両手に顔を載せニヤニヤする。

「嘘つきぃ〜。ライバルが増えるんじゃないかとか気になってしょうがないくせに〜。」

「うるさいなぁ。あぁーもう、なんかイライラしてきた。ぼく料理してくる。」

乱暴に椅子から立ち上がって、チハヤは調理台に戻っていった。
キャシーも後を追うように、ふぅと息をついてから自分の持ち場へと戻った。



「あっ、!いらっしゃい。もうカルバンのところには行ってきたの?」

がきたと知って、厨房に入ったチハヤもピクリと反応して聞き耳をたてる。

「ううん、まだ。今から行くんだけど、まだ怒ってたらと思うと不安で…」

は微笑んでみせるが、その表情はどこか弱々しい。

「大丈夫だって!もしが落ち込んで帰ってきたら、また私とチハヤで励ましてあげるからさっ。」

そう言ってキャシーは元気よくの肩をバシッと叩く。
そしてチハヤのことをチラッと見てから、の耳元に顔を近付け、コソリと囁く。

「もしカルバンがまだ怒ってたら、『何かひとつなんでも言うことをきく』って言ってみて。」

きょとんとした顔をしているに、キャシーは顔を離してニコリと微笑み、

「なんてねっ。冗談よ。行ってらっしゃい。」

首を傾げるの背を押して、アルモニカの外へと送り出す。
店内へ戻るとチハヤが入り口近くまできていて、キャシーに問いかけた。

「ねぇ。最後、になんて言ったの。」

疑問というより、むしろ「言え」という命令を込めた響きだ。顔を思い切り不機嫌に歪ませ、腕を組んで仁王立ちのチハヤに、あははと曖昧に笑いながらキャシーは思わず後ずさる。

「あはは、大したことじゃないし、ただ緊張を和らげてあげようと冗談をね…」

「だから、何て言ったの。」

先程よりも強く怒気の混じる口調に、キャシーはさっさと口をわる。
それを聞いたチハヤは顔を険しくして呆れたように怒った。

「はぁぁ!?バカじゃないの!?」

「でも冗談だって言ったし…」

「キャシーは何もわかってないな…はお人好しな上に素直なバカなんだよ!あぁもう!ぼくちょっとでるからね!」

チハヤは言うが早いか、急いでアルモニカをでていった。


「なんでも…?」
背を向けていたカルバンは、その言葉に反応してゆっくりと振り返る。

「う、うん。私、本当にカルバンに悪いことしちゃったし…。」

カルバンは少し思案するように目を眇め、に近づいていく。

「カルバン?」

何かを感じとったは少し身を堅くして、近づいてくるカルバンの名前を呼ぶ。
しかしカルバンは何も答えず優しくの両手を持ち上げ、それを自らの両手で壁に縫い付けた。

「カ…カルバン。」

30センチもない距離でまっすぐ見つめられ、の胸がドキドキと強く脈打つ。

「…じゃあ、味見、させてもらおうかな。」

カルバンはゆっくりと近づき、の唇にそっと自らの唇を合わせた。

思った以上に滑らかな唇触りの良さに、カルバンは薄く触れるように唇を滑らせて、またついばむように感触を確かめる。

はそのいきなりの展開と、口付けの優しさに混乱して体から力がふっと抜けてしまい、その隙を見逃さなかったカルバンに近くに位置していたベッドへと押し倒された。

いったん顔を離して、目の前で頬を淡く染めて惚けているを見つめる。

「…抵抗しないってことは、いいのかな?」

はカルバンが口にする言葉を上手く理解することができずに、ただただ頭上にいるカルバンをぼんやりと見続ける。

何も答えないに再びカルバンが口付けようとしたとき…扉が勢いよく遠慮なしに開かれた。

!!!!!」

緊張を含んだ怒鳴り声が小さな室内に響く。が押し倒されいるのをみるなり、チハヤはをベッドから引きずり出して自分の背に隠した。

「…なんだい。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえというが、まさに君のことじゃないかな。」

をとられたカルバンは平然と、しかしどこか残念そうに布団にドカリと座ってチハヤと対峙する。

「なにが恋路だ。の気持ちは聞いたわけ?」

チハヤはギロリとカルバンを睨みつけ、凶悪な空気を放つ。

「さぁ。ただ彼女がなんでもひとつしてくれるといったんだよ。オレには何の否もない。そうだろ?」

「…とにかく、は回収する。もう2度とにこんなことするな。」

「君は彼女の恋人かい?そうじゃないだろ?なら、君にそんなことを言われる筋合いはないね。」

カルバンはちっとも悪びれた様子は見せずに、布団に寝転がった。
片肘をつき頭を支えて、チハヤの後ろで真っ赤になっているをみる。
もちょうどカルバンをみて、視線が合う。

「今日はこれくらいで許すよ。…ただ、次約束をすっぽかしたりしたら、次は味見だけじゃすまないかもしれない。」

カルバンがニヤリと意味ありげに笑ったのをみてチハヤは虫の居所が酷く悪くなり、の手をとって部屋を出て行こうとしたとき

。帰りは番犬に気をつけるんだよ。番犬だって、いつオオカミになるかわからない。」

が困ったようにチハヤをみる。
チハヤはカルバンに舌打ちして乱暴に部屋を出て行った。

アルモニカに戻る気にはならず、を牧場まで送っていくことにしたその途中。

「…は本ッ当にどうしようもないバカだよ。」

怒気をふくんだチハヤの声。
は顔を俯けたまま、黙ってチハヤに手を引かれるままに歩き続ける。

「なんであんなこと言ったの?危うくキスされるとこだった。もしかしたら、それ以上もだ。」

チハヤはさき程の光景を思い出して、さらに胸くそ悪くなる。

を味見だって?ふざけるな。

「ねぇ。聞いてんの?。」

いっこうに言葉を発しないに苛ついて、チハヤが振り返ってみるとは顔を赤くしたまま、つないでいない方の手で唇を押さえていた。
それをみてチハヤは眉を寄せる。

「もしかして…」

チハヤは黙って、再び道を歩き出した。
次は味見だけじゃすまないかもしれない。カルバンは確かそう言っていた。

ぼくが入った時はキスをする寸前だったはずだ。
…ということは、ぼくが着く前に、最低1度はにキスをしているということ。

それに気付くなり、チハヤはの手をきつく握った。
は困惑して、もとから弱かった握り返す手をさらに弱める。
の家に辿り着いたとき、チハヤは怒りを極力押し込めながらに向く。

「もしかして、ファーストキスだったりしないよね?」

は既にチハヤにキスのことがバレているのを察して、首を横に振る。

「ファーストキス…だと思う…」

がそういった途端、チハヤは弾かれたようにいきなりにキスをした。
を抱きしめて長く、長く。

抵抗出来ないは、カルバンとは違うチハヤのキスを黙って感じているしかなかった。

やっと解放されたあと、は少しチハヤから距離をとろうとするが、両手をとられて距離がまた近くなる。

「…ごめん。」

その一言には伏せていた顔を上げて、チハヤを見上げた。
そこにはいつもの、困ったような優しい表情をしたチハヤがいた。

「…を怖がらせたかったわけじゃないんだ。ただ…ぼく以外の男にの一番をとられたっていうのが、なんだかムカついて…悔しくて。」

はカルバンのキスとは別に顔をまた赤くする。
そんなをみて、チハヤはさらに困ったような笑顔をした。

「察しがついたと思うけど、ぼくは君が好きだよ。でも、こんなところで告白なんて味気なさすぎるから、返事はしないで。」

チハヤはそういっての両手を離し、後ろ向きに歩いてから離れていく。

「とりあえず、ぼくが君のことを好きだっていうのは忘れないでおいて。」

ハモニカタウンへ帰るために背を向けるが、すぐにまた思い出したように振り返り、いつもの意地悪そうな瞳をに向ける。

「また今度改めて告白するから、覚悟しといてよ。」

そう叫んで、チハヤはハモニカタウンの方へ駆けていった。
闇に紛れてきえて行ってしまったチハヤを、は高鳴る胸に手を当ててずっと見ていた。

闇の中を、ずっと。


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