アタシはが大好きヨ。

愛が溢れてとまらない。こんなに一人にいれこんだのは初めて。

こんな想いを抱くのなんて、あとにも先にもだけ。

いつまでも、はアタシの心を支配し続ける。

アタシのなかで、永遠に光り続ける。

―あなたに想いを告げたこと、後悔なんてしてないワ。




『結婚しても、なお』




「ジュリ、起きて。早く起きないと仕事の時間に遅れちゃう…」

ジュリの体を優しく揺り起こす腕があった。
夢現のなか、ジュリは痛む頭に手をやりながら考える。

誰…?…?

「ジュリ…早く…」

目を薄っすらと開くと眼に映ったのは頭が思い描いていた人物ではなく、たおやかな青い髪の影。

「コトミ…?」

「あぁ、よかった。やっと起きてくれた…じゃあ、私、さきに仕事にいくね。ご飯、テーブルの上に用意しておいたから…。」

ほっとしたように胸に手を当てて、それじゃあねと手を振り、コトミは家から出ていった。
ジュリを除いて、人の気配がもうない家。重い頭をうなだれて、ベッドの中で片ひざを上げて座る。

「アタシ、コトミと結婚…してたんだっけ…」

ベッドの隣をみると、整えられているがわずかに残る誰かが一緒に寝ていた気配。
しかし夢で見たのか、頭に淡く残るその人影は、誰か他の、コトミとは違う人。

どうしようもなく頭がいたい。一瞬、なにがなんだかわからなくなる。

「あたたた…なんでこんな頭痛いのかしら…っと、アタシも早く支度しなくちゃ。」



それにしても、頭に残るこのボヤーッとした影の正体は誰なのかしら…

サファイアを磨きながらどこかぼーっとした頭で考えてみるが、わからない。

「どうしたの?ジュリくん、今日は朝から様子が変よ?」

「…っへ?あ、あぁ、なんでもないのヨ、ミオリさん。ちょっと、考え事。」

「そう。具合が悪かったら休んでていいのよ?隣の部屋のソファに横になってたら?」

「ありがとう、ミオリさん。でも平気ヨ。」

実はあまり平気ではない。

ぼんやりする頭の、その正体を見極めようとするたび頭の痛みが増すのだ。
まるで、頭がその記憶を呼び起こすのを拒絶しているかのように。

でも、思い出さなければいけない気がする。
いや、思い出したい気がするのだ。とても。

「いたた…」

「ジュリくん、本当に大丈夫?」

「えぇっと…ゴメンナサイ。やっぱり、ちょっと休ませてもらいます。」

ジュリは磨いていたサファイアをミオリに渡して、隣の部屋のソファに横になる。
ぼーっとする頭でまた思い出そうとするが、頭がすっきりする気配はまるでなく。
ジュリはいつの間にか眠っていた。

「こんにちわー」

「あら、いらっしゃいさん。」

元気よくコトに入ってきたはミオリにペコリと頭を下げる。

「頼んでたアクセサリー、できましたか?」

「えぇ。はい、どうぞ。誰にプレゼントするの?」

「えへへ、内緒です。」

はキョロキョロと周囲をみて不思議そうな顔をした。

「ジュリは?今日はお休みですか?」

「なんかね、ジュリくん、今日ちょっと調子が悪そうなの。今隣の部屋で休んでるけど…さん、ちょっと見てきてくれない?」



「ジュリ?…寝てるの?」

暗闇の中でまた誰かの声がした。
心から安心するような、大好きな人の声が。

「…?」

なぜ大好きな人の声といって、一番に思いつくのがなのかしら。
アタシ、コトミと結婚してるのに。

「あれ?起きてた?」

その声に目をパチリと開けてみると、視界いっぱいにうつるの顔。

「キャァ!び、びっくりさせないでヨ…!」

ジュリは引きつった顔でおどろいて後ずさろうとするが、ソファに寝ている以上それは不可能だった。
近づけていた顔をぴょこっとジュリから遠ざけたは、ニコリとジュリに笑いかける。

「おはよ、ジュリ。大丈夫?」

「えっ?」

「ミオリさんが、ジュリが調子悪そうだっていってたから。」

「あ、あぁ、そのコトね。大丈夫ヨ。」

ソファから身を起こして頭を軽くかしげてみる。

そういえば…頭痛がやんでるワ。
ちょっと眠ったからかしら。

「ミオリさーん。ジュリ大丈夫そうですよー?」

が声を上げると、ミオリも隣の部屋からやってきて、ジュリを心配そうに見下ろす。

「大丈夫、ジュリくん?少しうなされてたみたいだけど…」

「平気で…っ」

ジュリが笑顔で答えようとした瞬間、片手でとっさに頭をおさえてその表情を少し歪ませた。
クリアになってきた頭が、また少し痛み出したのだ。
それをみてミオリはさらに心配そうな顔をする。

「だめよ、ジュリくん。今日はもう帰って休んで?お店は私一人で大丈夫だから。」

「デ、デモ…」

さん、ジュリくんのこと家まで頼んでもいいかしら?」

「もちろんです。ジュリ、ミオリさんもこういってるし、私家まで送ってくよ。」

原因は何かまったくわからない。これといった理由もなくズキズキ痛み続ける頭。
寝ている間は大丈夫だったが、また起き上がったらこの有様。

ホントに、今日は仕事無理そうね…

「ミオリさん、ゴメンナサイ。、よろしくネ。」

「任せて。」

はニコリと笑ってジュリに自分の肩を貸す。

…」

「なに?」

思わず漏れた声にはっとして、ジュリは慌てて首をふる。

「…なんでもないワ。行きまショ。」

ジュリはすぐ横にあるの顔をみる。
ぴたりとくっついて自分を支えてくれる
とても安心して、居心地がよくて、頭の痛みなどふっとんでいた。

このままでいたい。
離れたらまた、頭痛がもどる気がする。

アタシのこの頭痛の原因は、なのかもしれないわネ…

そう思うと頭の中で何かつながったような感じがしたけれど、まだ肝心の部分にその欠片はつながらない。

何かが、足りない。



「迷惑かけたわネ、。時間があるなら、ウチでお茶でも飲んでいかない?」

「嬉しいけど…頭痛は?」

「ヘーキよ、ヘーキ。ちょっとよくなってきたみたい♪そこ、座っててちょうだい。」

を椅子に座らせて、ハーブティーを入れたティーポットをもってジュリも席につく。
二人分のハーブティーをカップにいれると、部屋中ハーブの香りがたちこめた。
その空気を気持ちよさそうに吸い込んで、がはぁっと嬉しそうにため息をはく。

「なんか、こうやってジュリの家にきてお茶もらうのも久しぶりだね。」

「…そうだったかしら?」

よく考えてみたら、上手く昨日までのことが思い出せない。
今はっきりと覚えているのは、と毎日あって、よく一緒にお茶を飲んでいた記憶。
しかしは久しぶりのことだという。

ワケがわからないワ…どうしたのかしら、アタシ…

「うん。たぶん、ジュリがコトミと結婚しちゃった以来だよ。お邪魔しちゃ悪いもんね。」

どこか寂しげに笑うをみて、頭と心臓がズキンと痛んだ。

アタシがコトミと結婚?

わかっている。わかっているつもりではいるが、その現実がなぜか今は信じられないことに思えた。

だってアタシは……アタシ、は…?

頭をふとコトミと過ごした日々がよぎる。

アタシは、コトミを愛していて…?


「それで、えっと…実はジュリにプレゼントがあるの。」

「ワタシに?」

「うん。ジュリに似合うと思って。」

はカバンからキレイに包装された細長い小さな包みを手渡した。
いきなりのプレゼントに一瞬戸惑いはしたが、すぐに笑顔を作る。

「ありがト、♪開けてもいいかしら?」

「どうぞ。」

少し緊張した面持ちで見ているを気にかけながら、ジュリは包装を丁寧に解いていく。
包装のしたから現れたのはブレスレットをいれるホワイトパールの手触りのいいケース。
それをあけると、赤くキラキラと輝くルビーが、シルバーのメッキにまんべんなく埋め込まれた美しいブレスレットが入っていた。

「まァ!とってもキレイじゃない!ステキよ!」

嬉しそうな顔をして、すぐ腕にそれをつけて高く掲げた。
そのアクセサリーはジュリの白い肌によく栄えて、光を受けてきらきらと輝いていた。

「えへへ…よかった!ジュリはやっぱりルビーが似合うね。」

きゃあきゃあと嬉しそうに何度も角度を変えてブレスレットを見るジュリをみて、はとても嬉しそうに微笑んだ。その頬はどこかほんのりと赤い。

「わざわざルビーを掘ってきてくれたの?」

「うん!…じゃなくて!えぇっと、鉱山で石掘ってたら偶然でてきたの!」

「? 誤魔化さなくてもいいじゃないの。誰も怒らないワヨ?」

「そうだけど…」ともごもご言って顔をうつむけてしまうをみて、ジュリは愛しいと思う気持ちが胸に溢れてくるのを感じた。

、アナタのことスキよ。)

ジュリはとっさに口元を抑えて考えるように少しうつむく。
それは、いつか自分がいった言葉。それに対してとても幸せそうには笑っていた。
そう、今と同じように。

好きだといいたい。そう思ったが、今のジュリは結婚した身。
その言葉をに向けて言うことはできないのだ。

なんで、アタシはとこんな関係になってるの?
なんで、アタシはと一緒にいないの?

ジュリの中を物言えぬ思いが巡る。
コトミがいるのだ。そんな考えを持ってはいけない…そう思うけれど疑問ばかりが頭の中でこだまする。

もじもじしてうつむいていたはいつの間にか顔をあげ、眉をよせるジュリを見て少し辛そうな笑みを湛えていた。
しかし、ジュリが再びを見上げたとき、はいつもの明るい表情で微笑んだ。

「ジュリ、私ももうすぐ結婚するよ。」

「…え?」

動揺で肩がわずかに揺れ、ナイフで刺すような鋭い痛みが心臓を貫いた。

「そう、なの?」

誰と、とは聞けなかった。心臓が裂けてしまう気がした。
結婚なんてするなともいえなかった。なぜ自分が結婚しているのにそういいたいのかもわからなかった。

はそんな様子のジュリに気付けずに、ただビックリしているだけだろうと思って嬉しそうに頷いた。

「うん。…だから、それをジュリにあげる。」

「だから…?ど、どうして?」

気が半ば動転しながらも、極めて平静を装いながらジュリは問う。
柔らかな、しかしどこか諦めたような微笑みをして、ゆっくりとは口を開く。

「…今だから、言うけど…うぅん。ホントは言っちゃいけないことなんだけど。…私、ジュリのこと好きだった。」

「え………わ…え…?」

「…ごめんね。困るよね…。」

「ち、違う!困ってるんじゃなくて…っ、い、いつから!?」

「…ずっと前。いつからかはハッキリとはわからないけど、気付いたのは…ジュリがマフラーを私にくれたときかな。」

「…そ、そんなに前から……?」

それは去年の夏のことじゃないの…

季節違いのプレゼントなのに、呆れかえるほど無邪気に喜んで、その場でつけてくれたことを思い出して胸が切なく締めつけられる。

そんな前からがアタシのこと、そんなふうに思ってくれてた…?

あの笑顔は、そういうことだったの…?

遠い記憶のような…でもそれは昨日のことのように思い出される。

アタシだって…!!!

心の中で欠片がまた繋がる。
頭がだんだんと軽くなっていく。

アタシは…が好き…なのに…

選んでしまった過去の自分。
それはよかれと思ってやったこと。自分にも、にも。

「…それじゃ、私もう行くね。…話きいてくれてありがとう、ジュリ。それと…」

「…大好きだよ。」

それは小さな小さな声。
がドアを閉めるのとそれはほぼ同時に、ジュリの瞳から、涙が零れ落ちた。

落ちた雫はその形をとどめずに木の床に吸い込まれ、小さな跡を残すだけ。
なくなった存在の影を、ただ、残すだけ。




何故手放してしまったのだろう。

が自分のことを男として見てくれることはないと思ってしまったから。

そう思った日から、ジュリはコトミに近づいた。少しは気が紛れるかと思ったのだ。

コトミといるのはジュリにとってとても楽なことだった。
昔からの幼なじみ。大体のことはわかってるし、許しあえる。

だからデートにも誘った。
やっぱりそれは、といるときとは違い落ち着いた。
はいつ自分の前からいなくなってしまうかわからない存在だったから。

だったら、先に離れてしまえばいい。

少し離れてしまえばこんなに楽なんだ。

自分を求めることのない人を追い続けるより、ずっと楽な恋愛がコトミとならできる。

このままの傍にいて辛い思いを味わうのは、もう嫌だ。

でも…

「………」

そのか細い声を掻き消すように、パタパタと、瞼をつぶらなくても大粒の涙が溢れ出て次々床を濡らす。

が誰かと一緒になるなんて耐えられない。

アタシはなんて自分勝手なやつなの。

がアタシと同じ思いだったなら、アタシが結婚したときはどう思った?

アタシみたいに、胸が張り裂けそうな思いをしたの?

アタシは、ちゃんとをみていた?何をわかっていたの?

が好きだって……自分の気持ちしか考えられず…それで勝手に諦めたりして。

今でもが、大好きなのに。



「…やっと、素直になりましたね。」

「だっ…だれ!?」

ジュリは焦って涙を拭い、周囲を伺うが誰もいない。

「…私は女神。あなたに近々おとずれるでしょう未来を、少し、お見せしました。」

「み…らい?」

「そう。あなたがと離れ、コトミと人生を共にすることを選んだ未来。」

と…離れて…」

「今のまま過ごせば、あなたは間違いなくコトミと結婚するでしょう。そして、それなりに幸せな生活を送る。…しかしをみるたびに揺れる心はいつまでも変わらない。」

「………」

混ざっていた現在と未来の記憶がだんだんとハッキリしてくる。
と距離を置きつつも、どんなときでも頭から離すことができない。
友達になんて、なれるわけない。

「あなたは自分がどれだけを好きだか理解したはずです。そして、の気持ちも、また。」

の思いが託されたブレスレットに、ジュリはそっと、優しく触れる。

「なにも諦めることはないのですよ。」

「…なんで、こんなこと、アタシに…?」

ふわりと優しげな笑い声がする。

「それは言えません。…あえてヒントをだすなら…これはある1人の女性のした唯一の願い事、といったところかしら。」

「私はその人に随分助けてもらいました。命の恩人といっても差し支えありません。何かお礼がしたいと思っても、あの人はいつも何も私に望みません。自分でできるからといって。」

「…しかし、あの人は唯一胸に願い事があったのです。それは、あの人だけじゃ叶えられない願いだった…もうわかりますね?」

ジュリは何かをかみ締めるように俯き、ルビーの腕輪をぎゅっと掴む。

「………えぇ。」

「…では、今からあなたを元の世界へ戻します。あとはあなたにお任せしても大丈夫ですね?」

腕輪はジュリの熱にあてられ、真っ赤なルビーのその見た目通り、あつく熱を帯びていた。

「もう、大丈夫ヨ。アリガト、女神サマ。」



白い光に包まれ、気づけばジュリは自分のベッドで横たわっていた。
薄っすら目を明けると、窓から柔らかに差し込む日差しが、部屋の中を朝の色に染め上げていた。
顔だけ動かして、壁に掛かっているカレンダーを見上げる。
木曜日。今日は、コトでの仕事は休みだ。
さっきまで体験していた出来事が夢であるなら、あと3時間もすればがお茶を飲みにくるはずだ。

むくり、と体を起こす。部屋に自分以外の気配はない。コトミもいない。
まだ自分だけの家。
あれは、きっと夢。

寝ぼけ眼で部屋を見据える。本当に自分だけの部屋かどうか、判別がつかなくて気分が悪かった。
ベッドシーツに、するり、と手を滑らせて、このベッドが自分だけのものであることを確認しようとしたとき。
動かした腕に、わずかに金属質な重みを感じた。

腕についていたのは、夢でもらったはずのルビーの腕輪。
の願いを繋ぎとめておくための、女神からの贈り物。
ジュリはそれを見て胸をほっとなでおろし、ルビーの腕輪に優しくキスをした。

早く起きて身支度をして、お茶の準備にかかろう。
今日はとびっきりの紅茶を用意しよう。
そしてに、ちゃんと言おう。


「ねぇ。アタシ、アナタのこと大好きヨ。だから…」

アナタがルビーに託した想い、今度はアタシがアナタに返すワ。

「…いつまでも、アタシと一緒に居てくれない?」




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