『愛しき人よ-2-』
の家に、ある日神から手紙が届いた。
内容はこうだ。
「やるべきことが全て済んだら、神の座にこい。待っている。」
えらくぶっきらぼうな内容だが、その手紙を見たは全ての仕事をすっとばして神の座に行きたい気分させた。
神さまが呼んでくれた。
そのことがをひどく高揚させて、頭の中は真っ白になり、何をすればいいのかまったくわからなくさせてしまう。
「どうしよう、どうしよう」と、どうしようも何もないのに挙動不審に動きまわり、自分の行動でほんの少し目をまわす。
「落ち着くのー!!」
がわたわたしてるのをみて、フィンもわたわたしながら注意する。
「とりあえず、手紙に書いてあるように全部お仕事が終わったら行けばいいだけなの。」
フィンに必死になだめられ、はやっと落ち着いて大きく頷く。
「大丈夫!は何も怒られることはしてないから、安心していいの!」
どうやらフィンは、が神さまに呼び出されて怒られるんじゃないかと慌てふためいていると思っているようだが、それは全くの勘違いであった。
「これで…よし!」
普段より丁寧に丁寧にクリームを塗りつけ、デコレーションを終える。
最後に秋の味覚、クランベリーを可愛らしくちょこんと乗せて完成だ。
「上出来!!」
牧場での作業を全て終えて、が用意したのは真っ白なショートケーキ。
それも砂糖のかわりに、先日神にもらったローヤルゼリーを代用してつくった特別製。
リンゴのカクテルにも合うように一工夫。
味見のしすぎで腹が膨れて動けないフィンを家において、は緊張しながら神の座へと向かう。
今は昼の1時ちょっとすぎ。ケーキを崩さないように歩いてる今の速度なら、神の座に着くのは大体3時ごろであろうと予想をつける。
神さま、喜んでくれるかな…?
は一抹の不安を抱きながらも、それよりも神の喜ぶ顔がみれるのではと想像を膨らませて微笑んだ。
―遅い………
いつもならば午前中にはやってくるが、今日に限って昼を過ぎてもやってこない。
どうしてだと考えても答えが出るわけではなく、眉をきつく寄せて、遠く空の果てをじっと眺める。
ひどく落ち着かない気分が時間が経つにつれ徐々に高まり、しかしどうにも出来ずに目を閉じて心を落ち着かせようとする。
―なぜこんなに落ち着かぬ。
目元を押さえ、深くため息をつく。
…と、ふいに後ろで気配がした。
「神さま。」
聞こえてきたのは待ちわびたの声。
先ほどまでざわついていた心も落ち着き、ゆっくりと振り返っての姿をしっかりと確認する。
「来たか。」
それだけ一言いい、神は表情やわらかく笑顔をつくる。
はそれをみて、少し緊張していた面持ちをいつものように笑顔にかえた。
「今日はいつもより遅かったな。」
神が何気なく聞くと、は焦ったように「えと…あの…」と口ごもる。
なにせ神からの手紙を受け取ってからドジばかりして、ケーキのことがなくてもいつもより時間をくってしまっていたのだ。
「これ、神さまにプレゼントです。」
はカバンから用意してきたケーキと、リンゴのカクテルを、照れくさそうな笑顔とともに神に差し出す。
神は不思議そうにそれをみつめる。
「これは…ケーキか?」
「はい。昨日神さまからもらったローヤルゼリーを混ぜて作った特製ケーキです。…カクテルとあうと思うので、よかったら食べてもらいたいなぁ…って。」
話すにつれ声が小さくなっていき、差し出したケーキとカクテルまでもが徐々にの胸元に自信なさげに戻っていく。
神は一瞬呆然としたが、すぐにふっと笑って、自分の腹辺りの空に、手を水平に滑らせた。
すると、神が手を滑らせた場所にしっかりとした石のテーブルが音もなく現れる。
神はの手元からケーキとカクテルを受け取り、その上に載せ、次にそのテーブルに合うような石の座席を2つ用意してにその片方を勧めた。
「どうした?お前の分はないのか?」
神が席に座るのを見て、も慌てて向かいに座る。
「えっ、えっと…その…一応…」
はカバンからもう一つ、『もし』という淡い期待を持って念のため用意していたショートケーキを取り出して、わずかに頬を桃色に染める。
「ほう、準備がいいな。飲み物は?」
「飲み物はないです。」
神は顎に手を当て数秒、をチラリと見て、
「何がいい?」
「えっ?…牛乳、かな。」
が首を傾げていると、神は昨日と同じように空で指をパチンと鳴らし、牛乳の入ったグラスを出す。
「す、すごい神さま!」
「こんなこと、たわいもない。…とはいっても、おまえの家の出荷箱に入っていた牛乳から少し抜き取っただけだがな。」
こともなげにそう言って、神はのケーキの横に牛乳を置く。
「それでは、いただこう。」
神がフォークを手にショートケーキを食べる様子を、はドキドキしながら見つめていた。
優雅に口元に運ばれ、口内へと入っていく。
「…うまいな。」
神は感心したように呟いて、二口目、三口目と次々にケーキを削っていく。
はそれを聞いて「よかった。」と心から安心した微笑を神に向けた。
「そういえば神さま、ご用ってなんですか?」
神はカクテルを飲んでケーキを喉に通し、少し首を傾げる。
「用?」
「だって、今日手紙くださいましたよね?何かご用があるんじゃないんですか?」
「あぁ、別にこれといった用があったわけではない。」
「じゃあ、なんでですか?」
ははてなを出して、ケーキを食べていた手をとめた。
「おまえはいつも苦労してここまでくるくせに、さっさと帰ってしまうだろう。あぁやって手紙を出せば、多少急いでくると思った。そうすれば、少しはここでゆっくりもできよう。」
「え?…ゆっくりしていってもいいんですか?」
今度は神がはてなをだす番だった。
「…いいも悪いもないだろう?なにを言っている。」
「だ、だって、神さま。ここに私が長くいるの嫌いなんじゃ…」
いよいよ神の眉間にしわがよって険しくなった。
の頭には以前「早く帰ったほうが良い」と繰り返し神に言われてきたセリフがぐるぐるとまわり、今の神がいったセリフがそこに加わり、さらにわけがわからなくなる。
そして今の神の顔。には戸惑っているようにも、怒っているようにもみえていた。
慌てているを目の前にして、神は自分の表情が険しくなっていることに気付きふっと顔の力を抜く。
「私はおまえと同じ時を過ごすのは嫌いではない。…だからいつでも、ゆっくりしていくといい。」
できる限り優しく。を愛しいという想いをこめてそういう。
するとはぽっと顔を赤くして、嬉しそうに微笑んだ。
「本当ですか…!じ、じゃあ今度からはもう少し、ここにいてもいいですか?」
「好きにするがいい。」
顔を赤らめて素直に喜ぶを見て、髪は目を細めて微笑んだ。
神という立場上、まだこういった素直ではないような返答しか出来ないが…
―いつか愛を誓い合うときが来たならば…
そのときはを思う存分愛でてやろうと、心に誓う神だった。
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