水晶玉のお告げによると、今日は夜に海を見に行くのがいいという。




『闇の中で見つけた距離』





静かに、夜の帳が落ちた中、さざめく波音のほうへ魔法使いはゆっくりと近づいていく。

辿り着いたのはハモニカタウンの海岸。
昼間には海開きがここで催されていたのが、寂しげに放置されている華やかな飾りでわかる。

「おや、占い師さんじゃないですか。今日の海開き、いらっしゃいましたか?」

まだその場に残っていたシモンが気さくに魔法使いに話しかける。

「………いいや。…行ってない…」

「そうですか。残念ですねぇ、今年も海がきれいだったのに。」

この町の人達は皆あたたかい。

魔法使いはつくづくそう思う。
自分のように異質な、加えてあまり話すのが得意ではない故に言葉数が少ない者にも、気にせず話しかけてくるあたり。

「占い師さんはヒカリさんってご存知ですか?」

突然でてきたヒカリの名前に魔法使いは内心驚いたが、顔にはださず

「……よく…知っている。」

といって首を傾げた。

「そうですか。いや、今日ヒカリさんが2つの大会、両方とも優勝したんですよ。すごいですよねぇ。知ってましたか?」

「…知らなかった。」

ヒカリはいつも魔法使いの知らないところで、どんどん人に認められていく。
魔法使いには、それは到底出来ないことで。
そしてそれが、自分とヒカリの距離を作っていくものだ、と魔法使いは思っていた。

おれと、ヒカリは、釣り合わない。

今日またそのどうしようもない距離が、少し増えただけだ。
おれには、少しの距離を縮めることすら出来ない。
だから、今更距離がいくら増えたところで、何も変わりはしないのだ。

魔法使いは静かに目を閉じて、闇の中で心を閉ざそうとする。
手が届かない光を追っても、虚しいだけだから、と。

「そうだ、占い師さん。参加してはいないから『思い出に』というわけには行きませんが…今日の景色、入りませんか?」

「……今日の……景色…?」

魔法使いが訳がわからず首を傾げていると、シモンが取り出したのは一枚の写真。

「ヒカリさんをご存知なら、この写真でもよろしいでしょうか?この写真が、一番景色が綺麗に撮れているんですよ。それに、彼女の笑顔もとてもいい。」

シモンに手渡された写真には、気持ちよく晴れた空に透き通るような蒼い海が映っていた。

―そしてなにより、魔法使いの瞳に特にまばゆく映ったのは、こちらを向いて笑っているヒカリの姿。

「どうです?…いりませんか?」

じっとその写真を見続けるだけの魔法使いに、シモンが不安げに伺いきく。
だがしかし、魔法使いはさらにしばらく写真を見続け、ふっと笑みを零した。

「………もらっておく。…ありがとう。」

シモンは安心して、胸をほっと撫でおろし、笑顔を作った。

「気に入っていただけてよかったです。来年はぜひ占い師さんもいらっしゃって下さいよ。私、写真とりますよ。」

「…考えておく。」

とはいっても、写真を撮られる気などさらさらない魔法使いだったが―
今は少し機嫌がよかった。

ヒカリと写真に写るのなら、まぁ、いいかもしれない。

写真をみると、ヒカリが自分に笑いかけてくれているような気がして、心がほんわりと温かくなる。

どんなに遠くにいると思っていても、ヒカリはちゃんと近い距離で、いつも魔法使いに笑いかけている。

今もこうして、なぜかヒカリを近くに感じている。

ひとりの時はきらくだが、最近は孤独にも感じるようになった。
それもこれも、ヒカリが魔法使いの側で優しく、近くで接しているせい。

もしかしたら、自分とヒカリは案外近い場所にいるのかも知れない。
そんな希望すら、持たされる。

「…早く……ヒカリに、会いたいな……」

そして、自分が孤独ではないことを確かめさせて欲しい。

そう願いながら、魔法使いは持っていた本の間に、大事そうに写真を挟んだ。


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